『  最初は  ぐ〜〜  』

 

 

 

 

 

  ・・・ もう 限界かも ・・・・

 

フランソワ―ズは天井を向いて ため息を吐いた。

 ― だって 下を向いていたら 涙が落ちてしまうから。

 

子供部屋の天井からは カワイイ天使が微笑んでくれている。

壁には 緑の森が広がり鳥たちが飛び 足元近くには一面の花畑だ。

 

心を込めて一生懸命に準備をしたこの部屋で 彼女は涙に暮れている。

 

選び抜いた素材を ジョーが何日もかけて作ってくれたベッドには

彼女自身が縫いあげ刺繍をほどこしたベビー布団が ふんわり広がっている。

 

そして その下には  ―  今は! 天使が二人 眠っているのだ。

< 今は > なのだ。  く〜く〜〜 眠っている間 だけ。

 

「 ・・・ ああ こんなに可愛いのに ・・・ 

 わたし達のところに舞い降りてきてくれた天使たち ・・・ 」

 

彼女は 柔らかい金色の巻き毛とくりくりした茶色のクセッ毛を

そう・・・っと撫でた。

 

「 天使達 ・・・ どうしてそれが ・・・

 ああ お願いだから 毎日 大人しくご飯を食べてネンネしてちょうだい。 」

 

ふう ・・・ またまたため息を吐くと 彼女はそっとふり返る。

ベッドの周りには  絵本が何冊も放りだしてあり ぬいぐるみは部屋の隅まで

フッとんでいるし 積み木散乱  小さな消防車がひっくり返り 

くれよん やら 画用紙が 飛び散っている。

 

「 ・・・ 片づけなく ちゃ ・・・・

 ああ 毎日 毎日 片づけても 片づけても ・・・  あ〜あ  」

 

彼女はおも〜〜い腰を上げ おもちゃを拾い集め始めた。

双子の子供たち ― 二歳になってカワイイ盛り・・・・ と世間はいうけれど。

フランソワーズは もう へとへとなのだ。

 

眠っている間は 確かに天使 ( 見た目 も ) ― だけど

起きている間は  すぴか はちょこまか走り回り叫び 

 すばる は こう! と決めたらテコでも動かない。

 

   この姉弟は タッグを組んで母親を悩ますのだ。

 

「 ・・・ もう わたし。  限界 かも ・・・ 」

お母さんは疲れ切ったため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 冬の朝、未明には雪もチラついたほどの寒い朝 ―

双子の子供たち は 元気な産声を上げた。

 

 「 ・・・ あ   ・・・・ あ〜〜〜 

 

これ以上 もうダメだ・・と 思った時 ―  甲高い声が響いた。

「 はいはい  ああ 元気な女の子ちゃんですよ〜 」

足元から 陽気な声が告げてくれた。

「 ほら もう一人〜〜 がんばれ  

 

 「 ・・・ う ・・・ん〜〜〜 」

 

不思議にあの声はすごいエネルギー を与えてくれたらしく 

それからまたしばらくの間 耐えぬくことができ ―

 やがて  ―  メゾ・ソプラノが のんびり聞こえてきた。

「 おお〜〜 坊やだよ、 こっちも元気な坊やだ 

「 あらあら よかったこと  お母さん がんばった〜〜 」

 

      は   ・・・・  あ ・・・・

 

全身に籠っていた熱が 抜けてゆく。 

安堵とともに なにか ぽかり、と空いた気分に 彼女は浸っていた。

「 フラン ・・・ フラン〜〜〜〜 」

耳元で ジョーが涙声になっている。

「 ・・・ ジョー ・・・ 赤ちゃん は 」

「 うん 元気な女の子と オトコノコだよぉ 〜〜〜〜 」

「 そ う  よかった ・・・・ 」 

「 ほら !  お姉ちゃんと 弟だよ !! 」

真っ赤な顔が 側にやってきた。

「 ・・・ ま あ ・・・ 可愛い ・・・ 

「 ね!!?   え ぼく? 抱っこしていい?? う ・・わ 

ジョーは手渡された二つの真っ赤な顔を そ・・・っと腕に迎えた。

「 ・・・ ぼ ぼくの ・・・ 娘と 息子 ・・・ ! 」

彼は突っ立ったまま 顔をくしゃくしゃにしている。

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

 

   ああ  なんて素敵な顔なの ・・・!

   ねえ わたしのべべちゃん達 

   あなた達は 最高に素敵なパパを持っているのよ〜〜

 

フランソワーズも 最高に幸せ気分に浸っていた  ―  そう あの時は。

 

 

寝不足と疲労困憊の 赤ん坊時代 を なんとかやり過ごした。

ジョーは かなりのイクメンで オムツ替えやらお風呂やら いろいろ・・・

母親より手際よくこなしてみせた。

 

   ・・・ ああ ジョーが私の夫でよかった・・・!

 

フランソワーズは本気でしみじみ 思ったりもしたのだが。

 

やがてチビ達は片言で話すようになり ハイハイからたっち あんよ を始め ―

  

   待ってたのよ〜〜〜 すぴか いっぱいおしゃべりしましょうね〜〜

   可愛いすばる〜〜 オハナシ たくさん読んであげるわ〜〜

 

これで乳児との孤独の時間は終わる! と 母はわくわくしていた   が。

 

     天使達 は 小悪魔ども に ヘンシンした !

 

くるくる金色の巻き毛が肩にかかり 碧い瞳も愛くるしい ・ すぴか。

ひょん、と茶色の癖っ毛はどうも父譲り、茶色の瞳が温かい ・ すばる。

「 さあ すぴか すばる。 ゴハンにしましょ 」

オモチャで遊んでいる彼らに 母は優しく声をかけるが ・・

「 やっ! 」

すぴかは 金色の巻き毛を振り振り 全身で否定する。

「 ・・・ 」

すばるは じ〜〜っとこちらを見ているが 動かない。

「 美味しいご飯よ〜〜 さあ オモチャを片づけましょうね 」

「 やっ! 」

「 やだ 」

お腹は空いているはずだし オモチャを片づけることはちゃんと理解している はず。

 だけど。  このチビの見かけ・天使たち は 全拒否 なのだ。

母が言うことには 顰めっ面で  いや! を表現する。

「 さあ そんなこと言わないで。  ほら すぴかさん ブロックは

 箱に入れて。  すばる君、 ぷーさん は 棚にしまって 」

 

「 やっ! 」 「 やだ 」

 

「 ちゃんと片づけないと ごはん しまっちゃいますよ〜〜 」

「 やっ! 」 「 やだ 

「 それじゃ オモチャ片づけて。 二人ともできるでしょう? 」

「 やっ! 」 すぴかは ぽ〜〜んとソフト・ブロックを放り投げる。

「 やだ  」 すばるは ぬいぐるみをぎゅ〜〜っと抱きしめる。

「 !  ごはんですっ 」

母はついにブチ切れ、双子をえいやっと抱き上げキッチンに連れていった。

 

   片づけは  ―  ええ 見ないことにするわっ

 

リビングの惨状には 眼をつぶり ― ご飯に集中することにした。

「 さあ〜〜 すぴか すばる〜〜 おいしいご飯ですよ 

「 ごはん〜〜〜 ごはん♪ 

「 ごは  ん〜〜〜 」

お腹は空いていたから 二人はすぐにご機嫌ちゃんになり 子供イスに座った  が。

 

「 は〜〜い お待たせ〜〜 これはすぴかさん。 こっちはすばる君 」

ワンプレートに盛った食事を 二人の前に置いた。

「 わ〜〜〜 たまご〜〜 

「 わい じゃむ〜〜 」

「 あ まって?  イタダキマス してからよ 

「「 ぶ〜〜〜 」」

「 ほらほら お手手合わせて 背中まっすぐして? せ〜の 

「「 イタ 〜〜 マス 」」

ちっちゃな手を合わせると チビ達は神妙な顔をしてみせた。 

「 はい どうぞ  

「「 わ〜〜〜 」

 

   ― はたして 食事時は。

 

< 賑やか > と < 煩い > は ぜんぜん違う! と 

フランソワーズは最近 つくづく思っている!

・・・ もう賑やか なんてもんじゃないのだ。

たった二人しかいないのに 食卓周辺は喧騒の坩堝と化す。

 

「 ん〜〜〜〜〜 たまごさん〜〜〜 たまごさんっ 」

「 すぴかさん、これ おむれつ っていうのよ 」

「 む〜〜つ? 」

「 お む れ つ。 お母さんの国の自慢料理なの 」

「 む〜〜つ! わ〜〜〜 」

小さなフォークが ふんわりオムレツ をぐちゃぐちゃに破壊した・・・

「 ぺ〜〜ろぺろぺろ〜〜  じゃむ〜〜〜 」

ぷっくりした指が トーストの上のジャムを掬いとっている。

「 ああ すばる?  ジャムばっかりなめないで トーストと

 一緒にたべましょう?  ね  ぱく ・・・って 」

「 ん〜〜  じゃむ〜〜(^^♪  ぱく。 」

「 ・・・ あらら 」

すばるは 顔からトーストに突っ込み 顔でジャムを食べ始めた・・・

「 ほらほら お顔、拭かなくちゃ すばる・・・ 」

「 やだ〜〜〜 」

「 こっちむいて ほら・・・ 」

「 わ〜〜〜 ば〜らばら 」

食べかけたパンを 床にばらまくすぴか。  

「 じゃばじゃばじゃば〜〜〜  

カップをひっくりかえし ミルクを飛び散らせるすばる。

 

     !   もう 〜〜〜〜 !!!!

 

片しても 片しても チビ達はすぐに 散らばす。

フォークを振り回すので叱れば 放り投げる。

「 食べ物を粗末にしてはダメです。 めっ 」

そんな事を言っても 全く通じず 母苦心のランチはいったいどれほど

チビたちのお腹に入ったのか 疑問なのだ。

 

    ああ〜〜〜 もう ・・・

    お行儀よく って いつもいつも教えているのに !

    「 わかったあ〜〜 」 「 はあい 」って言うのに・・・

 

「 ・・・ もういいです。  ご飯はお終いよ。 」

毎度毎度の < 蛮行 > に 母はついに切れてしまった。

「 わ〜〜  おそと! おか〜しゃん おそと いく〜〜 」

すぴかは 子供イスをガタガタさせ脱出しようとする。

「 やだ !  たべる〜〜〜 じゃむ〜〜 じゃむはあ? 」

すばるは 食べていないトーストをいじくりまわす。

「 ―  ごはん おわり。  さあ ごちそうさまでした しましょ 

「 やっ! 

「 やだ〜〜 じゃむ〜〜 おかしゃん じゃむ〜〜〜 

「 二人とも。 ちゃんとお座りして。  お背中のばして 」

「 やっ やっ〜〜〜 」 

「 じゃむ〜〜〜〜〜〜 」

「 だめです。 はい ごちそうさまでした  」

「「 ・・ でした 」」

チビ達は習慣的に声を合わせてけれど いやいや〜〜 は止まらない。

 

「 すぴかさん 」

母は 子供イスからすぴかを下ろすと 撒き散らしたランチの前に

抱いていった。

「 これはなんですか  

「 ・・・ ごはんのたまごさん 

「 そうね、すぴかさんのお昼ご飯さんね。

 すぴかさんに食べてほしいな〜〜って思ったのに かわいそう・・・ 

「 かわいそ? 」

「 そうよ。 こんなトコに ぽ〜ん されて。

 本当は すぴかさんのお腹の中に入りたかったのよ  お昼ご飯さんは 」

「 ・・・ かわいそ ・・・ 」

「 でしょう? ごめんなさい、 しましょ。  

「 ・・・ ん〜〜〜 

 

    あっ !!!

 

母が止める間もなく すぴかはさっき自分が投げたオムレツのカケラを

ぱっと口の中に詰め込んでしまった。

「 ! すぴか!!  ぺ! して  

「 ん〜〜〜〜  おひるごはんさん すぴかのぽんぽん(^^♪ 」

「 すぴか〜〜〜 」

「 ん〜〜〜  じゃむ〜〜〜 」

「 ! すばるっ 

母が姉と対峙? している間に 弟は存分にトーストのジャムだけを

舐めとっていた ・・・  顔中 イチゴジャムだらけにして・・・

「 ・・・ じゃむさん じゃむさん♪  

 

       もう 〜〜〜〜〜〜〜 っ !!!

「 いらっしゃい っ !! 

母は 双子をむんず! と抱えあげると バス・ルームに運んだ。

「 や〜〜〜っ 」

「 やだ〜〜〜 

チビ達はずっと喚いていたが ― お風呂は大好き♪

汚れた服をくるり、と脱がされると すぴかもすばるも嬉々として風呂場に

入った。

「 さあ しゃわ〜〜〜 するわよ〜〜〜 」

「 きゃわわ〜〜〜 」

「 きゃいきゃい〜〜 」

 

   ザ −−−−−−−

 

アタマから温かいシャワーをかぶり 二人共大騒ぎ。

「 では お顔を洗いますよ  石鹸、つけて  

「 きゃわ〜 」

「 わ〜〜 」

・・・ ちゃんと洗えたかどうか・・・はさておき。

チビ共は顔に石鹸を塗りたくり騒ぎ 髪をシャンプーの泡だけにして喚き

最後にまた ざ −−−−−− と シャワーしてはしゃぎ捲り。

 

「 はい いらっしゃい〜 バスタオルで ぽん! 」

「 きゃわ〜〜 」

「 はい すばるクンも ぽん。  二人共 ゴシゴシゴシ〜〜〜〜 」

「 きゃわきゃわ〜〜〜 

「 わわわわわ 〜〜〜 」

 

母もびしょくたになってしまったが ともかく 一応は 見た目は

子供達はさっぱりした様子だ。

 

「 は〜〜〜い 髪 ゴシゴシゴシ〜〜〜 」

「 うぴゃあ〜〜 」

「 うわぉ〜〜〜〜」

「 二人共 ちゃんと拭けましたか? 」

「 ウンっ  ・・・・ ふぁ〜〜〜〜 」

「 う ・・・ん ・・・ 」

大騒ぎの後 二人はとろん、とした顔付になってきた。

心地よく温まり ぽわん ・・・としてきたのだろう。

「 あらあら おねむね〜〜〜 二人とも。  

 さあさ パンツはいて お洋服きて ・・・ できるかな 」

「 ・・・ う  ん  」

「 ん ・・・ 」

妙におとなしく 二人とも黙々とパンツを穿いてすぽん、と新しいシャツを着た。

「 はい よくできました。 あら ・・・? 」

「 ・・・ おか〜しゃん  

「 ・・・・ 」

すぴかはなんとか立っていたが すばるはことん、と座り込み ―

すぐに寝息をたて始めた。

「 ふふふ おねむね〜〜 すぴかさんも? 」

「 ・・・ ん ・・・ 」

「 さあさ 子供部屋に行きましょうね〜〜 」

眠ってしまったすばると こっくり・こっくりし始めたすぴかを両腕に抱き

 ―  サイボーグでよかったわ〜〜〜  ―  

お母さんは 二階に登っていった。

 

「 ・・・ ふう ・・・ これでしばらくは静かね  」

子供部屋のベッドには 色違いのアタマが可愛らしく並んでいる。

「 やれやれ ・・・ あら。  カーテン ・・・ 」

ふと ― 視線が明るい光に晒されている窓に向かった。

「 やだ ・・・ カーテン、 ずっと冬モノのままだったわ ・・・・

 せっかく温かくて明るい季節になったのに ―  変えなくしゃ 」

 

もう一度 ベッドに視線を当ててから フランソワ―ズは子供部屋を出た。

ドアを半分あけておいた。 

どちらかが目覚めればわかるように ・・・

 

「 え〜〜と 春もののカーテンは・・・っと?  

 ・・・ あ。 屋根裏の物置だわ!  取ってこなくちゃ 」

二階の隅にある小さな階段から 屋根裏部屋に入った。

 

   キ −−−−   滅多に開けないドアが軽く軋んだ。

 

「 う わ・・・ 埃っぽい・・・  まあ 仕方ないわねえ 

 え〜〜〜と?  季節モノはどこに仕舞ったかしら ね?

 こっちのチェストは 夏服だし〜〜  あ  あの古い衣装箪笥 だわ 」

屋根裏の奥の方に並んだ古い家具の一つを開け アタマを突っ込んだ。

「 ・・・ う わ・・・ え〜〜と ・・・?  

 

  ゴソゴソゴソ   ガタガタ   ・・・ ズサササ 〜〜〜〜

 

「 これ ・・・ じゃないわ。 これは布団カバー だし・・・・

 え〜〜 もっと奥 だったかしら  

 

   ズズズズ 〜〜〜  ガサガサガサ ・・・

 

彼女はしばらく苦戦をしていたが やっと目的の若草色のカーテンを

引っぱりだしてきた。

 

「 ふう〜〜〜〜 これこれ・・・ わたし、お気に入りなのよね〜〜〜 

 ふふふ〜〜〜  いい季節になりました♪  ふんふんふ〜〜ん 」

カーテンの包をかかえ 彼女はハナウタまじりに古い家具の前から離れ ―

 

      ?  あ ・・・ れ ・・・?

 

屋根裏部屋は 古い家具やら収納ケースがごたごた置いてあるのだが 

いつの間にか 見慣れないソファが目の前にあった。

 ― いや。 < 見慣れない > どころじゃない これは ・・・

 

「 こ れ ・・・ ず〜〜〜〜っと前  そうよ わたしが子供のころに

 ウチにあったソファ ・・・  よ ね? 」

なぜ? という疑問より懐かしい気持ちがつよく フランソワーズはそう・・っと

ソファの側に寄り その背に手を置いた。

「 ・・・ ?  あら ・・・ この毛布?? 」

 

      ??!  これ わたしのお気に入り ・・・・  え??

 

ソファには少々くたびれた感じの チェックの毛布が置いてある。

たった今 誰かがふわり、と押しのけた ・・・ といった感じなのだ。

そして その下には ・・・

 

      この毛布 子供時代使ってたの よね・・・?

      あら ・・・?  このノートも お気に入りだったわ

 

      え ・・・ だって あれはもうずっと昔の ・・・

 

フランソワーズは そっとソファに前に回った。

毛布の下には 青い花模様の小型のノートが見え隠れしている。

 「 ええ たしかにあの毛布だわ  ・・・ それに ああ このノート 」

ノートの中身は 見ないでもわかった − いや 思い出した。

「 そう よ・・・  夢ノート   そんな名前をつけていたっけ・・・

 こうなったらいいのに  ああなったらいいのに って そんな夢を

 いっぱい書いていたのよね  ちっちゃなファンションは ・・・ 」

彼女は ノートを広げてみたい衝動を懸命に抑えた。

なぜか 触れてはいけいない気がして手をひっこめた。

「 ジャマしないわ ・・・ でもこれは夢じゃないわよね?

 ああ ちっちゃなファンションは ―  どんな夢を見ていたのかしら 」

 

      ママン みたいな ママンになって

      おとこのこ おんなのこ ママンに なりたい    

 

 あ     不意にそんな文章が心の奥底から蘇った。

「 そう・・だったわ ・・・ あの頃のわたしの夢 ・・・

 ええ ええ  バレリーナになりたいのと同じくらい 望んでいた夢。

 両方って欲張りかなあ・・・って真剣に悩んでいたっけ・・・ 」

 

    わたし ・・・  ちゃ〜〜〜んと夢が適っているのに

    怒ってばかり・・・・

 

    ああ タカラモノが すぐ側にあるのに !

 

 

  おか〜〜しゃん?  おかしゃん〜〜〜 うっく ・・

 

耳の奥に 賑やかな声が聞こえてきた。

「 いっけない !  起きたのね 」

 

    あとでもう一度 見に来るから ・・・ ね?

 

入口でもう一度 部屋を振り返れば ― 

そこは埃っぽい、ただの物置部屋に戻っていた。

古いソファなどは 跡形もない。

「 え ???  見間違え・・? いいえ だって ・・・ 

部屋の中に戻ろうとした時 ―

 

   おか〜〜しゃ〜〜〜ん   うっくうっく ・・・

 

「 あ いけない!  はいはい 今ゆくわ〜〜 」

フランソワーズは 慌てて屋根裏部屋のドアを閉めた。

 

  ―  バタン。  半分開けておいたドアはなぜかしっかり閉じていた。

「 おか〜〜〜しゃん〜〜〜〜 

「 え〜〜ん おか〜〜しゃ・・・ 

子供部屋のベッドの上で 二人は声を上げて泣いていた。

「 あらら ・・・・ どうしたの  すぴかさん すばるくん 」

「 おか〜〜しゃ ・・ 」

「 ・・・・ ! 」

二人は ぴた・・・っと母に縋り付いてきた。

「 あ〜らら・・・淋しかったの? ごめんなさい、 お母さんね

 屋根裏部屋にカーテンをだしに行ってたの 」

「 おか〜〜しゃん 〜〜 やだ〜〜〜 」

「 やだあ〜〜〜 」

「 ほらほら 泣きやんで?  リビングに行ってあそびましょ 

「 ・・・ やだ。 

「 や ・・・ 」

泣き止んだ途端に もう < いや > が始まった。

「 じゃあ どうしたいの? 」

「 おそと〜〜〜〜〜 いくっ 」

「 いく〜〜〜 

「 え・・・ さっきシャワー〜〜〜 でキレイになったばかりよ? 

「 おそとぉ〜〜〜〜 」

「 いく〜〜 」

こりゃ テコでも動かないな、と母は観念し だめ と言いたい気持ちを 

ぐっとおさえた。 

「 じゃ ・・・ いこっか 

「 わ い〜〜〜〜〜    」」

 

     またお風呂に入れればいっか ・・・

 

二人を連れて庭に出れば 午後の陽射しが温かい。

「 わ〜〜〜〜い 〜〜〜〜   あ  はっぱ〜〜 」

すぴかはさっそく駆けだし 落ち葉の中に踏み込んだ。

「 あ〜  ありさん ! 」

すばるは 花壇のフチにしゃがみこみ地面の観察だ。

「 そうねえ ・・・ お外は気持ちがいいわね  

 すぴか〜〜 すばる〜〜〜  ほ〜〜ら ・・・ はっぱ 

「 わ!  きゃわ〜〜〜  

「 ・・・ あ とりさん? 」

母が投げた葉っぱを チビたちは声を上げておいかける。

すぴかは上手に掴むことができた。

「 あ ・・・ とれたぁ! 

「 僕も 僕も〜〜 」

「 あら 落ちちゃった。 じゃあ もう一回 

「 わい〜〜〜  」 「 わ〜〜 」

「 行くわよ〜〜  ほら 」

いつの間にか フランソワーズも夢中になってた。

 

「 やあ 楽しそうだね 」

「 !? 」

ジョーが後ろで にこにこ・・・していた。

「 え ジョー??? どうしたの??? 」

「 うん  鎌倉まで取材でさ ・・・ 終わったんで直帰オッケ〜がでた。 」

「 まあ よかったわね。  あ お腹ぺこぺこでしょ? すぐにご飯に 」

「 あ〜〜 その前に チビ達と遊ぶ 」

「 え? 」

「 おと〜〜しゃん〜〜 」

「 おと〜〜 」

ちっこいひっつき虫 が ジョーの両脚を占拠していた。

「 あらら・・・ ねえ 二人とも。 お父さんはお疲れよ 

「 やだっ おと〜しゃん 」

「 おと〜しゃ〜〜ん 」

ひっつき虫は ますます父の脚にかじりつく。

「 あは 二人とも〜〜 ほら〜〜 お父さんと遊ぼうよ? 」

「 わ? 」

「 わ〜〜 」

ジョーは ひょい、と双子を抱き上げた。

「 お〜〜〜 二人とも重くなったなあ  そろそろ一緒抱っこ はむりかな 」

「 きゃ〜〜〜 おと〜しゃ〜〜ん  

「 おと〜しゃん〜〜 」

「 ジョー ・・・ 大丈夫? 」

「 おいおい・・・ ぼくを誰だと思ってるんだ? ぼくだってゼロゼロ 

「 はいはい 正義の味方さん。 それじゃ 散らかり放題のリビングを

 片して 晩ご飯の支度を始めるから ・・・ お願いできます? 」

「 もっちろ〜〜ん♪  さ〜〜 二人とも おにごっこ するぞ〜〜

 わ〜〜〜〜 」

とん、 とチビ達を庭に下ろすとジョーはわざと大回りして駆けだすしぐさをした。

「 わ  わ〜〜〜い きゃわ〜〜〜 」

「 あははは〜〜〜  」

三人のはしゃぎ声を背に フランソワーズもにこにこ・・・微笑つつ

家に入った。

 ― 子供たちの歓声は < ウルサイ > から < 賑やか > に

変わっていた。

 

 

た〜〜っぷり遊び 晩ご飯を詰め込めば ― チビ達はすぐにベッドの中へ・・・

そう、たちまち 天使 に戻っていった。

 

ジョーとフランソワーズは リビングで ブランデイ・グラスを傾け

静かな夜を楽しむ。

「 もう ね。  なにを言っても  いやっ! やっ!  なのよ。

 わたしの言うことなんか全然 ・・・ 聞いてくれないの。 

「 すばるも かい? 」

「 ええ。 すぴかが最初に声を張り上げ すばるは じ〜〜〜っと

 拒否するの ・・・  」

「 らしい ね 二人とも 」

「 それを毎日 やられるのよ??  なんで??

 そんな ・・・ 『 いや 』 なんてこと、教えてないのに 」

「 あ〜〜 そんな年頃かもな〜 

「 え??  あ  反抗期ってこと? 」

「 いや それより前 ・・・ なんでもかんでも  いやっ!  の時期って

 あるらしいよ 」

「 ・・・ウチの二人だけ じゃないの? 」

「 あ〜 うん。 施設にいたころ、二歳くらいのコはいっつも怒ってた 」

「 そう なの? 」

「 ウン。 いちいち相手なんかしてられないからさ 皆 受け流して

 そのうち ハナシも通じるようになってったなあ 」

「 まあ  ・・・ それじゃ 」

「 あ〜〜 うん。 ウチのチビたちも時期がくれば  多分 」

「 そう願いたいわ〜〜〜  

「 外とか 庭とかで 発散させれば?  食事だって庭で食べてもいいし 」

「 ああ ・・・ そうねえ 」

「 天気のいい日は特にね〜〜 」

「 でもね ご飯とか投げちゃったりするのよ 

「 あはは ・・・ 面白いんだろうね 」

「 笑い事じゃないわよ〜〜  ちゃんと食べなくちゃ 」

「 ごめん、でもな〜 お腹空けばちゃんと食べるだろ 

「 あ ・・・ そうねえ 

「 食べものを投げるのはダメだけど ・・・ うん 今度しっかり

 教えとく。 これはぼくの役目さ  」

「 お願いします。 おと〜しゃん 

「 おう。 ― あ いっこ 思い出した! 」

「 なあに 」

「 うん これ 施設で神父様がよく言ってたんだけど 

  ― 最初は ぐ〜! だって。 」

「 ?? さいしょは ぐ〜 ??? 」

「 そ。 怒りだしそうになったら  最初はぐ〜! で じゃんけんする。

 勝ったら方が 怒っていいんだ。 」

「 え〜〜〜 なに それ〜〜 」

「 けっこういい方法だったよ? だってなぜか あいこでショ  に

 なる確率が高くて・・・ 夢中でじゃんけんしているうちに

 いろいろ・・・怒ったこととか忘れちゃう。 

「 まあ ・・ 」

「 勝った〜〜って喜んで  それで機嫌が直ったりもするし・・・

 チビの頃なんてそんなもんだよ。 」

「 ふうん ・・・ 最初は ぐ〜  ねえ ・・・ 」

「 そ。 最初はぐ〜! さ 」

 

  やがて  ―  ジョーの言うとおり、チビ達はちゃんとオトナと話が通じる風になり・・・

 まあ 別の心配事も増えたのだが ―

 

  島村さんち では 時として 親子で 姉弟で そして 夫婦で

  真剣になって  最初はぐ〜〜!!  をするのである。

 

 

            そう。  怒りたくなったら。 

         最初は ぐ〜!  じゃんけんぽん !

  

              ほら  楽しくなるでしょ

 

 

**************************     Fin.       *************************

Last updated : 10,09,2018.                     index

 

 

**************    ひと言   *************

まあ そんなわけで  ・・・・

双子ちゃんは 岬の家で元気です ♪